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  牧師からのメッセージ 2007年  
「十字架と復活」に向けて

   「一行がエルサレムへ上って行く途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた。
   それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた。」  マルコ10:32

 エルサレムにむかって先頭に立って進んで行かれる主イエスを見て、弟子たちは驚く。弟子たちは既に二度、主の口からエルサレムで待ち受けている苦難と十字架の死について聞かされていた。最初、ペトロは主をいさめ、そんなことがあってはならないと反対を唱えて、「サタン引き下がれ」と厳しく叱責され、二度目は主の言われる真意が分からないながら「怖くて尋ねられなかった」。弟子たちは今、主が先頭に立って進んで行かれるのを見て、理解できない事態に向かってことが進行してゆくことに心底驚かずにおれない。
 「従う者たちは恐れた」。その中にわたしたちも含まれるのではないか。主の十字架を前にして主を見捨てて逃げ去った弟子たち、主イエスを知らないと言ったペテロのように、自分も主に従い通せないのではないかとの恐れを抱く。踏み絵を踏めと迫られて、踏まずに殉教したキリシタンと踏んで隠れキリシタンとして生き延びた人々のことのことが頭をよぎる。
 今年も四旬節(レント)に入った。主イエスの十字架への道を覚え、主の後に従って行く弟子たちの姿を心に刻むときを迎える。暦の上では受難週をはさんで灰の水曜日から棕櫚の聖日までの40日と、復活節から昇天日までの40日が対応している。つまり受難週をはさんで、主イエスの苦難の日々と復活の日々が並んでいる。わたしたちが主の救いのみわざを覚えるときいつも「十字架と復活」と唱えるように、主イエスがこのとき先頭に立って進んで行かれたのは「十字架と復活」に向けてであった。決して十字架のみ、屈辱と敗北と絶望におおわれた苦難の死にむかってのみ進んで行かれたのではなく、復活に向かっても進んで行かれたのである。「あなたがたは皆わたしにつまずく。しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」
 恐れる者に「恐れるな、わたしに従いなさい」と言われるのは、十字架にかかってわたしたちの罪を贖い、復活して勝利しておられる主なのである。この御方が主に従い通す力を恵みとしてお与え下さる。だから主に恐れずつき従って行こう。(2月21日祈祷会奨励より)

 

 

    ● 最終更新日: 07年03月10日 (土)

 
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